暮らしと住まいについて考えています。
スケルトン&インフィルそしてモビリエ
スケルトン&インフィルという言葉を聞いたことがあるだろうか。
オランダのハブラーゲンという人が提唱したオープンビルディンという概念である
1970年代画一的な住居が建設された時代に、もっと自由度のある居住空間をつくるには建築の構造をスケルトン(建築の箱)とインフィル(あとから組み替え可能なもの)とに分けて考え、このインフイルの要素を増やしていくことで、あとから暮らしの変化に合わせて、間仕切りや住宅設備を動かしやすいものにしていこうと提案した。
下の図をみてほしい、上にある物が下にあるものを支えている、2つの関係性が空間を規定していると考えた。
私はさらに一番下に家具というのをつけ加えた。家具はイタリア語でmobileまさに動くものである。つまり建築は動かない箱と後から組み替え可能なインフィル、そしていつでも動く家具で構成されている。家具のように動く物で空間を構成することができないか。またさらにはこのインフィルとモビリエの間にあるようなものがつくれないかというのが私の興味の対象だ。たとえば、オープンキッチンなどはまさにそうしたもので、本来固定的なキッチンがまるで家具のように部屋の中に出てきた物だ、このキッチンに車輪でもつけて動くようにできれば、家具になる。こうした行為を私はインフィルの家具化と呼んでいる。 スケルトンをインフィル化すること、インフィルを家具化すること。このあたりに商品開発の発想のヒントがある。スケルトン&インフィルという概念は建築を考える上でまだまだ大きな可能性を示唆してくれる。我々の暮らしは部屋にあり、その部屋はインフィルと家具によって成立している。
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ゼロ化するリビング
リビングについて考えてみたい。
リビングという言葉は19世紀の終わりに出現する。ヨーロッパでは16世紀以降寝るところ以外の部屋名がたくさん生まれてきた。それは家が公的な場所として機能していたからだ。大事なお客様を食事に招待し政治の話などがなされてきたに違いない。サロンを始めとし、サロンに隣接するドローイングルームやスモーキングルーム、スタディールームなどさまざまな部屋が生まれていった。しかし産業革命以降、公的な空間は家から独立して事務所や官庁という空間が生まれることになる。家が家族のものへと、または親しい友人を招くものへと変わっていった。そして寝るところと食事をするところ以外をリビングルームと呼ぶことになった。19世紀の終わりにアメリカのある建築家が名付けた言葉だが、それを意識的に使うのはフランクロイドライトであった。彼の自宅では明確にリビングルームという言葉が使われ1910年以降には彼の設計するすべての住宅にその名前が使われるようになる。これは推測だが彼がヨーロッパにわたりリビングルームという言葉とともに近代住宅の概念が明確に確立されていったのではあるまいか。グロピウス率いるドイツのバウハウスの運動での住宅にもこの考え方は踏襲されている。そして世界中に浸透していく、現代の個室+リビングダイニングという概念が確立されることになる。そしてリビングルームには時代ごとに様々な幻想がついてまわるのである。時には客室として、またはホームパーティーの舞台として、活躍することにもなっていく、広いリビングルームは財力の象徴にもなったのである。しかしそれから90年近くたった現代においてリビングはその役割はずいぶん変わってきた。住宅は家族のためだけの器になっていったのではないだろうか。そして決して広くはない日本の住宅事情だ。だとするとそれはどんな機能があるのだろうか。寝ることと食べること以外の機能はあるのだろうか。

多くの人は、本を読んだり、音楽を聴いたり、友人を招いて歓談をしたりということも思うかもしれない。しかし実際にどれだけの人がそうした時間を過ごすのだろうか。実は、家に帰ってほっとする場所、それは何もしない場所なのかもしれないと考え始めている。

リビングは何もしない空間、だからこそ整理整頓されものも置かずにすっきりとした空間に身をおいてみたい。ほんの短い時間しか過ごせないリビング、家族の最後の幻想は、ゼロの空間に身を置くことだと定義づけてみてはどうだろうか。
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団らんの歴史
今回は団らんについて書こうと思う。

住宅について考えるときに「団らん」とは何かということをいつも考える。
現代の「団らん」とはなんだろうか?家族という概念が崩壊しつつあるとも言われる今の日本でもう一度「団らん」について考えている。食事を家族全員でするということも現代においては難しいことになっているのではないだろうか。

団らんという言葉が日本で出現するのは明治の終わり頃からである。雑誌や小学校の教科書の中にも「家族の団らん」という言葉がでるようになってきた。このころの団らんというのはどうも食後の会話が中心であった。食事中は話しながら食べないというのがこのころの躾だ。 もともと食事は箱膳といわれるようなそれぞれ自分の前に小さなお膳をおいて食べていた。食事中は黙って食べていたのである。しかし、時代背景の中で、国家の最小単位である家族の団結や家族の幸せというのが大切になってきたのだ。家族が会話をしながら、過ごしすという幸せ像をつくる必要があったのだろう。このあとから「ちゃぶ台」が現れるのだが、ちゃぶ台で鍋を囲むというような風景が一般的になるのは30年近く後の戦後のことになる。あのサザエさんの家の風景である。ひとりひとりのお膳があった時からすれば、それは画期的なできごとであったに違いない。そして戦後は家族の団らんとは食事を中心とした会話へと変化していく。戦後、1950年代頃のアメリカの住宅観が輸入され、ダイニングテーブルというのが現われる。こうなると食事は家族のイベントで最も大切なものとなってくる。ちゃぶ台が寝るときにはたたんでその場所も寝る場所であったのに対して、寝る場所と食べる場所が分けられるようになるのだ。まさに現代の間取りの基本形がうまれてくる。1970年代までこのダイニングが間取りの核になり、建築家はジャイアントテーブルというような大きなテーブルをつくり、友人などを招いての日本流ホームパーティなども行われる。それは日本人の家族像のあこがれへともなっていった。だが時代は変わり、町には友人達と食事をする場所もあふれ、家に友人を招待することは少なくなっていった。父親が友人や会社の仲間を連れてくるのもほとんどなくなった。家族も一緒に食事をするというよりはそれぞれの時間で食事をするようになってきた。父親不在の家族が日本の高度成長の中で一般的な風景になる、子供は塾にいき、帰りは10時過ぎ、家族がばらばらの時間を過ごすようになってくるのだ。しかしだからといって「団らん」がなくなったわけではない。ひとつの空間の中でそれぞれが自分の時間を過ごしながら、家族が繋がっているというのが現代の「団らん」とも言える。そんな現代の団らんにあわせた間取りを考えることが大事だと思う。
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伝える力
ものを考える力とものを伝える力、その力はどうも違うようだ。
どんなにいいものを考えても、そしてどんないい商品を作ったとしても、それをうまく伝えていかなければ、まわりに理解されないし、買ってももらえない。
では一体どうやってその力をつけたらいいのだろうか?

伝える力は、コミュニケーションの技術に密接に関係する。よいコミュニケーションとは、まずは会話が続くということだ。投げたボールがきちんと帰ってくるという関係が大事なのだ。当たり前のようなこの話だが、現実を見てみるといかにコミュニケーションが途切れいているWEBコンテンツがおおいことだろうか。何を言いたいのか、そしてそれを見たユーザーは何を考えてどう反応してほしいのか、そんなことをまったく無視しているWEBがたくさんあるように思える。もちろん自分も含めて常に反省して行かなければならないのだが、本当にユーザーとのコミュニケーションが途切れていないのか、もっともっと考えなければならない。

WEBはうまく使いこなせば、極めて告知媒体としては費用対効果の大きいツールと言える。ものを伝えるためには、WEBというツール、その可能性は無限で、まだ始まったばかりと思えてならない。投げたボールが帰ってくるように、そして受けたボールはかならず返すように、これがコミュニケーションの基本だ。そしてこの積み重ねがものを伝える力となってくる。
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ファシリテーターという役割
 合意形成をしていくのに必要なのはファシリテーターという役割の人だ。参加者に「今なにを考えることかを明確にしていく」そして「でてきた答えや意見をまとめていく」人だ。次の展開が創造的になるようなわかりやすく情報を整理してくれる人だ。あくまでも情報の整理に徹することが大事だ。

 このことは、車の運転にたとえるとわかりやすい。運転するのは参加者、ファシリテーターは道路の掃除や整備をして走りやすい状況をつくる人だ。時にはナビゲーションのように交通渋滞や工事中などの有益な情報を提供することも必要だし、どうしてもというときには、新しい道をつくったり、橋を渡したりというのも必要だ。だが運転しているのは、あくまでも参加者、ここがおもしろい。右にいくのか、左にいくのか、それは参加者が、または参加者同士がきめていくのだ。ここに合意形成の醍醐味があるように思える。答えはきまっていないし、誘導してもいけない。さらにWEBの良いところは、一人の声の大きな人になびいてしまうようなことはまずおこらない。多くの人が、ほぼ同時に考え思考し話すWEB上でのこの場では自然と全体がひとつの答えをだしていくようになるからおもしろい。
 WEBでの合意形成、予期しないいろいろなおもしろいことが起きるのだが、何人かで行う会社の会議とはあきらかに違うプロセスを歩んでいく、そこでは全員参加で、しかも思わぬほど創造的な意見が次々に生まれてくる、全員でなにかがうまれていくという感覚を手にすることができる。ぜひともこの感覚をみんなにも味わってもらいたいと思っている。

 ファシリテーターという役割、そこにはたくさんのスキルを必要としているが、しかしだれにでもそのスキルさえ身につければできるのである。
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暮らしの研究とWEBコミュニケーション
僕の仕事のテーマはは暮らしの研究。しかしずっと書いている「WEBコミュニケーション論」とはどうつながっているのか?もう一度触れておきたい。

つながりは偶然とも言えるのだが、今ではその2つは切っても切れない関係にある。モノを売ってるどんな企業も「モノがどんな暮らしの中で使われていくのか」ということを考えなければなかなかモノは買ってはもらえない。モノの背景にある暮らし方を語る必要があるのだ。その背景の暮らし方に共感するからモノを買う。であるなら、企業にとって、その共感をどうつくるのか、その背景をどう伝えていくのか、そこのほうが大事ではないかとということになってきた。偶然繋がってきた暮らしの研究とWEBをつかったコミュニケーションの仕方、この2つはともに大事な研究テーマになってきたのだ。

冒頭に書いたが、僕は建築家、住まいを研究することからすべてが始まっている。無印良品の家というのを開発してきた。家を建築として考えるとそれは箱のデザインとして始めは考えてきた、しかしそのうち、その中身つまり暮らしを考えることが大切だと思ってきた。そうして2年ほど前からユーザーの行動や意識を知ろうとWEB上で始めたアンケートだったが、このアンケートをやる度ごとにPVがあがり、メールマガジンへの投稿なども増えていったのだ。そのころから、聞くことは最大のコミュニケーションではないか、そして何をどう聞くかが大切なのではないかと思い始めてきた。

さらに「聞く」ことについても自分の中で変化が生まれてきた。始めは聞くことで調べよう、教えてもらおうと思っていたが、徐々にユーザーと一緒に考えるほうが理解が深まり、よいアイデアが生まれると気付き始めた、一緒に考えることで共感が生まれていくという理想的な仕組みにもなっていった。

そのプロセスで一緒に考えるためにはユーザーが判断しやすい状態や材料を整備することが必要になってきた、そこでうまく活用できたのが間取り図であった。建築を勉強してきたことが功を奏した。これはモンタージュ写真をつくる時のひとつひとつの素材をつなぎ合わせて行くように、言葉では表現できない、わからないものを間取りを見せることによって、瞬時に判断できるのだ。この方法はかなりうまくいった。
下の図は一例だが、間取りを書くことで、暮らし方のイメージはより具体的になる。



こうして進めてきたコミュニケーションの仕方、いろいろな発見がありきっと他の企業にとっても有効な手法だと思う。暮らしの研究については、また時期を見て話そうと思うが、まだもう少しコミュニケーションのしかたについて、議論を深めて行きたいと思っている。


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CRM(カスタマーリレーションシップマネージメント)
先日(11月13日)顧客価値創造セミナーで話をさせてもらった。とても面白かった。サントリー、ネスレー、楽天、パナソニックの方々がスピーカーとして参加、私は無印良品の事例をお話した。このブログで展開している内容の一部を紹介させてもらった。
このセミナーの主催、参加者は企業の中でCRM(カスタマーリレーションシップマネージメント)に関わる方々が対象。一般的には、コールセンターといわれている部署に属している方や、お客様室という部署が通常このあたりのことに関わっている。

ネスレーで紹介されていた事例は見事なものだった。ちょっとしたクレームやご意見に対応する時間をできるだけ引き延ばし、楽しい会話をしながらお客様の気持ちや日常の行動を巧みに聞き出して行く、そこから商品開発や宣伝などにつなげられるキーワードを導きだして行くのだ。スタッフの教育やマネージメントの仕組みもすばらしいものだった。

しかし私が提案する方法は、こうしたものとは少し視点が違う、コールセンターで行うCRMをあえてパッシブ(受動的)と言わせてもらうなら、私が提案したいのはアクティブ(能動的)CRMと言いたい。
WEBを使ってアンケートを行い、コラムを書き、さらに頂いた意見をWEBで掲載しながら、共感の仕組みを作って行く、以前に書いた参加者との間で合意形成をしていきながら、商品開発や宣伝にもつなげていくことができる、それは企業への価値を一緒に創りだして行くこようなものだ。共感できるメンバーがどんどん募ってできる+の意識の積み重ねによってうまれる企業価値こそ、これからの時代に求められる必要なCRMと言えないだろうか。

このコミュニケーションの運用面において重要なポイントは組織的な対応よりも一人の責任者に権限を委譲しながら一気通貫して顧客対応をするべきである。WEB上での顧客とのコミュニケーションにおいては、組織内での承認などは、時間的なロスにしかならない。「おはよう」と言われれば「おはよう」と返すのがコミュニケーションの基本だ。スピード、そして共感が大事なキーワードだ。リアルな世界の1対1のコミュニケーションはWEBというバーチャルな中では1対100万人のコミュ二ケーションでも可能だ。しかしそのコミュニケーションの質については顧客は敏感だ。だからこそ1対1の対応をおろそかにしてはいけない。ヒューマンな態度を忘れてはいけないのだ。そして恐ろしいことに、日々の企業の内部での活動やそこでつくられる企業内の価値観が、顧客とのやりとりで、ほんの少ない言葉の中でかい間見えてくる瞬間でもある。顧客はなんでも見えているのだ。

この数年間で発達したWEBはとても便利な顧客とのコミュニケーションツールだ。しかもアクティブなこのツールは、使い方によっては顧客と発信者との壁をなくし、一体となって合意形成へと向かう。

このツールをもっとうまく活用するべきだ。

追伸:会場でも質問を受けましたが、時間がありませんでした、どうぞご質問のあるかたは、プロフィールのメールアドレスにどうぞお送りください。
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よいアンケートのつくりかた2
ここで話していることはWEBをつかってのコミュニケーションが前提である。アンケートについも同様で、あくまでもWEBをつかって行うことを前提にしている、かつて行ってきたアンケートは回答は5000人から10000人という膨大な数であった、ここでのコメントもそうした規模を想定しての話である。つまりアンケートはつくることも大事だが集計のしやすさや、そこから導きだしたいものを始めから明確にしなければ、数だけ集めても回答を読み込むことは大変な作業になってしまう。まちがっても自由記入欄を読み込むような設計をしてはいけない。
少人数で行うグループインタビューやモニター調査などでのアンケートではまた別の方法がある。

さて今回伝えたいことは、
アンケートはデザインで決まる。美しいデザインが必要である。デザインとは設計であり、美しいとは、論理的に矛盾がないということ、論理的というのは「もれなく」「ダブりなく」ということが基本である。答えやすく、さくさくと進められるようにつくりたい。設計は明解な仮説にもとづき、検証したいことが導きだされるようにしなければならない。

せっかく聞いたのに、よく検証できずに、同じようなことをもう一度聞くはめになったり、細かく答えてもらったのに、どんな答えを導きだしたいのか不明解で、次のステップへうまく使えないアンケートになるのはなんとしても避けたい。目的、仮説は明解にすることだ。

明解であるが故に、仮説と違うことが浮かび上がってきたときには、大きな発見があるし、楽しみがある。また仮説があっていたとしても裏付けるための詳細なデータには大切な意義がある。だいたい今までの経験でも、仮説通りに答えがでるのはまれで、あえて言えば、仮説との違いがアンケートをする価値だ。しかしそれは事前によく考えられたアンケートだからそうした価値を手に入れられることになる。

よいアンケートとはよいデザインである。
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よいアンケートのつくりかた
よいコミュニケーションの仕方はよい問いをすること
その問いの方法のひとつは、アンケートだ。

このアンケートでの大事な方法論。

聞きたいことの核心を直接聞いていはいけない。大事なことは分析によって浮かび上がってる答えであって、答えを直接聞いてはいけない。事実の積み上げから回答者も普段意識していないような答えを発見することがアンケートの醍醐味といえる。

いきなり好きか?とか、不満は?とか、困ったことは?などというようなことは聞いてはいけない、回答者が、考え込んでしまってはいけない。なるべく考えずに、単純なことを聞いた方がよいようだ。よく行うのは「日常の行動」を聞くことだ。たとえば「昨日朝起きてからの行動は?何時に起きて何をどのくらいしたか?」と言ったような質問である。
アンケートで重要なのはこの事実である。事実が大量に集まることにより、そこから多くのことが発見できるのだ。傾向値や平均値も見えてくるし、その値と自分を照らしあわすことで見えてくる自分への気づきが生まれる、その気づきが、「へーそうなんだ」「なるほど」と言った共感をつくることにつながる。

カウンセラーの友人に聞いた話だが、この手法は彼らもよく使うという。患者さんには直接病状を聞くのでなく「朝起きてから何をしたか」というような行動について質問することは病状を理解するのに有効だと言う、そこには本人も気付いていない無意識のうちに行っている行動や、課題を発見していくことにつながるという。抽象的な、そして深く考え込んでしまうような問いにはあまり真実は含まれていない、またそこからの発展は意外と少ない。ここでも事実の中からなにかを読み取ることが大事だ。


アンケートとは、目に見える、またはわかりやすい事実の集積から意識下におきていることを読みこんでいくことだ。




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問いかけについて
思わず参加したくなる問いかけについて
それは、楽しい会話と似ている。楽しい会話をする人は、人が思いもよらないようなアイデアや視点をもっている。または同じように知っていても、より深く、正確に知っていたりすると、なるほどと思ったりする。WEB上でも同じことが言える。メルマガを書くときに注意をしているのは、なるべく平均値の話はしないようにしている。平均値を抑えたうえで、その偏差値の端のほうの話をするようにしている。
たとえば「靴をみんなどのくらいもっているか」という話をしようとする。アンケート結果は、仮に一人12足のくつを持っているとでたとしよう。そのときの分析は平均値を正確に話すものの、メルマガでは、2足しかもっていない人の話や、逆に一人で200足も持っているような人の話をする。場合によっては、実際にそういう方にお会いして、実物も見てみるとなお面白い。そこに2足しか持たない人の暮らし方に、読者は驚きや共感や場合によっては反論が生まれる、また200足ものもちかたに、商品開発のヒントがあるかもしれない。またそうした人の話に「靴」とは何なのか、靴についての普通の人が気付かないエピソードや視点があるだろう。もちろん手入れの仕方なども学ぶべきものもあるだろう。なにかを語る時、この偏差の両端のことを語るときに、思考が広がっていくように思える。

平均値はつねに調べなければならないが、その話は面白くない、常に偏差の両端のことを知る必要がある。
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