暮らしと住まいについて考えています。
アイロンはどこでかけるのか
 アイロンはどこでかけるのでしょうか。
この設問は何度となく繰り返してきました。動線を考えたとき、意外と多いのが寝室のベッドの上と答える人が多いのです。でも時間がまにあわず、そのまま、夜になってベッド脇のどこかに取り込んだ洗濯物が一泊してしまうという方も多いのではないでしょうか。またリビングでアイロンをかける人も多いでしょうが、やはりソファの上に洗濯物が山積みになってしまう方もいるでしょう。せっかくのくつろぎの空間が、洗濯物で散らかっていては、とても残念です。

そうしたことを解決するために、家事室があればいいと考え、そうした提案も何度かしてきました。しかしそれはそれで、家事を一人閉じこもってしたくない、まるで家政婦のようだ、などという声も読者から多く聞きました。家事は家族にも参加してもらって手伝ってもらう、テレビをみたり話をしたり、家族と一緒に過ごしたいという方も多いようです。

そこで考えたのですが、たとえばダイングテーブルとは別にリビングのワークスペースとしてのワーキングデスクがあるのはどうでしょうか。子供も勉強したり、裁縫もそこでしたり、多少散らかっていても、そのまま料理などの準備にかかれるようなスペースをもつのはどうでしょうか。

現代の家事の考え方として「家族と一緒に過ごす家事」というのもありそうです。
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スケルトン&インフィルそしてモビリエ
スケルトン&インフィルという言葉を聞いたことがあるだろうか。
オランダのハブラーゲンという人が提唱したオープンビルディンという概念である
1970年代画一的な住居が建設された時代に、もっと自由度のある居住空間をつくるには建築の構造をスケルトン(建築の箱)とインフィル(あとから組み替え可能なもの)とに分けて考え、このインフイルの要素を増やしていくことで、あとから暮らしの変化に合わせて、間仕切りや住宅設備を動かしやすいものにしていこうと提案した。
下の図をみてほしい、上にある物が下にあるものを支えている、2つの関係性が空間を規定していると考えた。
私はさらに一番下に家具というのをつけ加えた。家具はイタリア語でmobileまさに動くものである。つまり建築は動かない箱と後から組み替え可能なインフィル、そしていつでも動く家具で構成されている。家具のように動く物で空間を構成することができないか。またさらにはこのインフィルとモビリエの間にあるようなものがつくれないかというのが私の興味の対象だ。たとえば、オープンキッチンなどはまさにそうしたもので、本来固定的なキッチンがまるで家具のように部屋の中に出てきた物だ、このキッチンに車輪でもつけて動くようにできれば、家具になる。こうした行為を私はインフィルの家具化と呼んでいる。 スケルトンをインフィル化すること、インフィルを家具化すること。このあたりに商品開発の発想のヒントがある。スケルトン&インフィルという概念は建築を考える上でまだまだ大きな可能性を示唆してくれる。我々の暮らしは部屋にあり、その部屋はインフィルと家具によって成立している。
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ゼロ化するリビング
リビングについて考えてみたい。
リビングという言葉は19世紀の終わりに出現する。ヨーロッパでは16世紀以降寝るところ以外の部屋名がたくさん生まれてきた。それは家が公的な場所として機能していたからだ。大事なお客様を食事に招待し政治の話などがなされてきたに違いない。サロンを始めとし、サロンに隣接するドローイングルームやスモーキングルーム、スタディールームなどさまざまな部屋が生まれていった。しかし産業革命以降、公的な空間は家から独立して事務所や官庁という空間が生まれることになる。家が家族のものへと、または親しい友人を招くものへと変わっていった。そして寝るところと食事をするところ以外をリビングルームと呼ぶことになった。19世紀の終わりにアメリカのある建築家が名付けた言葉だが、それを意識的に使うのはフランクロイドライトであった。彼の自宅では明確にリビングルームという言葉が使われ1910年以降には彼の設計するすべての住宅にその名前が使われるようになる。これは推測だが彼がヨーロッパにわたりリビングルームという言葉とともに近代住宅の概念が明確に確立されていったのではあるまいか。グロピウス率いるドイツのバウハウスの運動での住宅にもこの考え方は踏襲されている。そして世界中に浸透していく、現代の個室+リビングダイニングという概念が確立されることになる。そしてリビングルームには時代ごとに様々な幻想がついてまわるのである。時には客室として、またはホームパーティーの舞台として、活躍することにもなっていく、広いリビングルームは財力の象徴にもなったのである。しかしそれから90年近くたった現代においてリビングはその役割はずいぶん変わってきた。住宅は家族のためだけの器になっていったのではないだろうか。そして決して広くはない日本の住宅事情だ。だとするとそれはどんな機能があるのだろうか。寝ることと食べること以外の機能はあるのだろうか。

多くの人は、本を読んだり、音楽を聴いたり、友人を招いて歓談をしたりということも思うかもしれない。しかし実際にどれだけの人がそうした時間を過ごすのだろうか。実は、家に帰ってほっとする場所、それは何もしない場所なのかもしれないと考え始めている。

リビングは何もしない空間、だからこそ整理整頓されものも置かずにすっきりとした空間に身をおいてみたい。ほんの短い時間しか過ごせないリビング、家族の最後の幻想は、ゼロの空間に身を置くことだと定義づけてみてはどうだろうか。
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団らんの歴史
今回は団らんについて書こうと思う。

住宅について考えるときに「団らん」とは何かということをいつも考える。
現代の「団らん」とはなんだろうか?家族という概念が崩壊しつつあるとも言われる今の日本でもう一度「団らん」について考えている。食事を家族全員でするということも現代においては難しいことになっているのではないだろうか。

団らんという言葉が日本で出現するのは明治の終わり頃からである。雑誌や小学校の教科書の中にも「家族の団らん」という言葉がでるようになってきた。このころの団らんというのはどうも食後の会話が中心であった。食事中は話しながら食べないというのがこのころの躾だ。 もともと食事は箱膳といわれるようなそれぞれ自分の前に小さなお膳をおいて食べていた。食事中は黙って食べていたのである。しかし、時代背景の中で、国家の最小単位である家族の団結や家族の幸せというのが大切になってきたのだ。家族が会話をしながら、過ごしすという幸せ像をつくる必要があったのだろう。このあとから「ちゃぶ台」が現れるのだが、ちゃぶ台で鍋を囲むというような風景が一般的になるのは30年近く後の戦後のことになる。あのサザエさんの家の風景である。ひとりひとりのお膳があった時からすれば、それは画期的なできごとであったに違いない。そして戦後は家族の団らんとは食事を中心とした会話へと変化していく。戦後、1950年代頃のアメリカの住宅観が輸入され、ダイニングテーブルというのが現われる。こうなると食事は家族のイベントで最も大切なものとなってくる。ちゃぶ台が寝るときにはたたんでその場所も寝る場所であったのに対して、寝る場所と食べる場所が分けられるようになるのだ。まさに現代の間取りの基本形がうまれてくる。1970年代までこのダイニングが間取りの核になり、建築家はジャイアントテーブルというような大きなテーブルをつくり、友人などを招いての日本流ホームパーティなども行われる。それは日本人の家族像のあこがれへともなっていった。だが時代は変わり、町には友人達と食事をする場所もあふれ、家に友人を招待することは少なくなっていった。父親が友人や会社の仲間を連れてくるのもほとんどなくなった。家族も一緒に食事をするというよりはそれぞれの時間で食事をするようになってきた。父親不在の家族が日本の高度成長の中で一般的な風景になる、子供は塾にいき、帰りは10時過ぎ、家族がばらばらの時間を過ごすようになってくるのだ。しかしだからといって「団らん」がなくなったわけではない。ひとつの空間の中でそれぞれが自分の時間を過ごしながら、家族が繋がっているというのが現代の「団らん」とも言える。そんな現代の団らんにあわせた間取りを考えることが大事だと思う。
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